※インタビュー当時の役職
「マネロンの痕跡は見逃さない」それがブロックチェーン分析のプロとしての“熱情”
40カ国以上の政府機関や暗号資産取引所、金融機関に対して、ブロックチェーンに関するデータや分析を提供しているチェイナリシス。
暗号資産は可能性を秘めた画期的な仕組みである一方、利用者の匿名性の高さや国境を越えた瞬時な資金移動が可能といった特徴ゆえに、悪用される事態もある。チェイナリシスはその不正な資金の流れを見つけ出し、世界の金融犯罪の摘発に貢献している。各国では規制強化、監視の包囲網を張るなど対策に動き出している。
日本法人は2020年6月に設立、そのオフィスがEGG JAPANにある。ビットコインなど暗号資産に関する金融犯罪はどのように起こり、不正な資金の流れを見つけるに至ったのか、そして抑止に寄与するチェイナリシスのソリューションについてSales Engineer、重川隼飛氏にお伺いした。
会社の役割は暗号資産の信頼性を高めること
ビットコインをはじめ、日本でも暗号資産は知られるところとなった。だが、一部のニュース報道にあったように、金融犯罪が起きていたのも事実。
チェイナリシスは、ブロックチェーン分析のエキスパートとして、事態が発生したときに政府機関や暗号資産取引所がアクションを起こすのに必要な知見を得られるよう支援している企業だ。
「暗号資産は既存の法定通貨とはまったく異なります。法定通貨は中央銀行が管理して、金融機関を介して流通します。しかし、暗号資産には中央管理者がいないのです。分散型のシステムで、金融機関を介在しなくても送金ができてしまうわけです」
暗号資産のパイオニアであるビットコインは、2009年に登場。金融機関の暴走をきっかけに経済危機が起きたことから、金融機関やそれを救済しようとした政府に対する反発から生まれたといわれている。このビットコインの生みの親はサトシ・ナカモトと名乗る人物と言われているが、この人物の正体はいまだに明らかとなっていない。
「ビットコインは、これまでの中央管理型のシステムとは一線を画すお金のシステムを目指して作られたとされています。従来のように金融機関を通して送金する仕組みだと、金融機関は取引を安全に管理するためにコンプライアンス面も含め多大なコストがかかります。ユーザからみると少なくはない手数料がかかることになります。ところが、ビットコインは中央管理者を必要としないシステムであり、相手が国内外どこにいようと、インターネットを介して安価に速やかに送金ができます。
利便性が高い一方で、ある程度の匿名性があるために、犯罪に使われてしまう、という側面があるのも事実としてあります」
チェイナリシスの創業者は、暗号資産取引所の創業メンバーの一人だった。まだ暗号資産に関わる規制が何もなかった時代、違法な物品をやりとりするダークネット・マーケットの存在に気づき、暗号資産の信頼性を高めるためにも、この事業が必要だと考えたのだという。
創業のきっかけになったのは「マウントゴックス事件」
創業のきっかけの一つになったのは、日本でも報じられたマウントゴックス事件だ。マウントゴックスで巨額のビットコインが消失。世界に衝撃を与えた。
「流出したビットコインがどこに行ったのか、ブロックチェーン上で追跡し、アメリカの法執行機関に捜査協力をしました。このような件を通じてFBIをはじめとする法執行機関との信頼関係を築き、事業を広げていきました」
マウントゴックス事件では、創業者は破産管財人と協働。データベース全体にアクセスし、データベースに記載されていない交換外の取引を見つけ、資金の行方を追跡した。失われた額、それぞれの交換履歴を追跡して一部はマウントゴックスに戻ったという。
その後は、暗号資産の取引を追跡するツールも開発。暗号資産に関わる事件を追うためのツールの提供やコンサルティング、サポートなどへと広がっていく。
「暗号資産における調査とコンプライアンスのソリューションを提供し、ブロックチェーンで何が起きているのかを可視化することが、チェイナリシスが行っていることです」
取引先となるのは、法執行機関のほか、暗号資産取引所や金融機関だ。「暗号資産取引所に対するソリューションとしては、顧客の取引が違法性のあるエンティティにつながっていないかを確認するトランザクションモニタリングツールを提供しています。同様に民間部門では、金融機関向けのソリューションもあります。暗号資産を購入・売却する際には、銀行口座が使われますが、仮に暗号資産取引所のリスクが高くなれば、そことつながる銀行にもリスクが及びかねません。金融機関には、このようなリスクを把握するためのツールをご提案しています」
チェイナリシスのソリューションはSaaS型のシステムであり、ユーザごとに1年単位でのサブスクリプションという形態で提供している。
ブロックチェーン上の悪意あるアドレスを検知
そもそもなぜ、暗号資産のような技術が可能になったのか。
「金融システムは極めて複雑ですが、中央管理者を設けず、インターネット上で不特定多数の参加者によってお金のシステムを運用・管理できるようにしたことは、極めて画期的でした。それを可能にしたのが、ブロックチェーン技術だったのです」
金融取引で重要になるのは、取引台帳の管理。これがずさんだと、ミスや不正が起こる。だからこそ、金融機関には厳しい規制やコンプライアンス対応が求められる。
「これを分散システムで可能にしたのが、ブロックチェーンです。ブロックチェーンの特徴は、一度書き換えたら、二度と取り消せないということです」
そして取引データのまとまりをブロックと呼んでいる。それがチェーンとなって、時系列につながっているのが、ブロックチェーンなのだ。
「ブロックチェーンのデータを改ざんしようとすると、全体のデータの辻褄が合わなくなって成立しないようになっています。その辻褄合わせを無理やりしようにも量が膨大すぎて現実的には実現不可能となっています。このブロックチェーンの特徴により、データを不特定多数の参加者によって不正なく維持できるようになっています」
暗号資産では、アドレスと呼ばれる識別子を使って送金が行われるが、この仕組みも従来の金融機関口座間のやりとりとは異なる。
「金融機関口座間でのお金のやりとりであれば、お金を送る人と受け取る人がはっきりわかります。ところが、暗号資産で使われるアドレスは英数字の組み合わせに過ぎず、その持ち主を特定できる情報は含まれません。アドレスがどのような取引を行ったかはブロックチェーン上に記録される公開情報ではあるのですが、それだけを見ても誰のものかはわかりません。繰り返しになりますが、暗号資産には、公開情報による透明性がある一方で、ある程度の匿名性があるのです」
また、暗号資産のアドレスは一人につき一つとは限らず、同じ人物や組織が複数のアドレスを持つこともあるといわれている。
「このように暗号資産には資金の流れを追跡する上でのハードルがあるのですが、チェイナリシスではこういった問題を解決するために『クラスタ化』と『識別』を行っています。『クラスタ化』とは、あるエンティティに紐づく複数のアドレスをグループ化することで、『識別』とはクラスタの持ち主であるエンティティを突き止めることです。
このチェイナリシスが持つ膨大なクラスタの識別情報とツールがあれば、調査対象のアドレスからどのようなサービスやエンティティに資金が流れたのが明確になっていきます。識別済のサービスには、合法的なサービスだけでなく、制裁対象やダークネット・マーケット、ランサムウェアなどの違法なものも含まれています」
チェイナリシスのソリューション活用で、ブロックチェーン上の悪意あるアドレスに流れる資金を見つけ出し、犯罪の調査・抑止につなげていく期待は大きい。
ダークネット・マーケット資産押収にも寄与
現在、ニューヨーク、ワシントンDC、コペンハーゲン、ロンドン、シンガポール、そして東京の6都市にオフィスを展開。世界全体で約200人が仕事に従事している。各国の法執行機関と連携しているが、暗号資産がらみの事件にも多く関わっているという。
「アメリカの司法省の訴状の中に、社名が出てくることもあります」
2020年には、暗号資産に関連する大きな事案がいくつも公表されている。ある国のサイバー犯罪グループが暗号資産取引所をハッキングして盗んだ資金をロンダリングした事件に関連し、2人の外国人が経済制裁や資産差押えの対象となった。
また、テロ組織がビットコインによる寄付を募っていたという事案もあったが、これも法執行機関による捜査やチェイナリシスの暗号資産追跡により、当該組織の資産が差し押さえの対象となっている。
さらに、初期のダークネット・マーケットとして知られていたSilk Roadにつながる10億ドル相当の暗号資産の特定・押収や、IT起業家など著名人のTwitterアカウントを乗っ取りビットコインの送金を呼びかけていた2020年7月の詐欺事件などの解決にも寄与している。
「日本でも、取引所へのハッキングによる暗号資産の流出など広く知られる事件がある一方、まだまだ明らかになっていない事案も多くあるとみています。マネーロンダリング対策は国際的に取り組んでいかなければならない課題ですので、日本の暗号資産業界全体としてリスクへの対応能力を向上させていく必要があります」
金融系として丸の内はやはり「いい」
「日本法人の設立は2020年6月ですが、かつての同僚が先にChainalysisに入社していて、誘いを受けました。2月には仕事にジョインし、EGG JAPAN には3月に入居しました」
世界第3位の経済規模を持つ国である日本は、金融市場も大きく、暗号資産も拡大していた。日本法人設立以前から、日本国内の法執行機関や暗号資産取引所との取引はあったが、言語の壁や商習慣の違いなどの難しさがあるため、日本語でコミュニケーションができるスタッフが求められていたという。
仕事がスタートしてからは、グローバルなコミュニケーションが活発で、世界中のスタッフとやりとりしながら仕事を推し進めている。
「新型コロナウイルスの問題でアメリカのオフィスを一時的に閉じたりしていましたが、もともとオンラインでのコミュニケーションが当たり前でしたので、まったく支障はありません」
EGG JAPANの魅力についてはこう語る。
「事業内容が、フィンテックの文脈で言われることもありますので、オフィス立地としての信頼度がやはりありますね。金融系として丸の内はやはりいい」
コロナが落ち着けば、いろんな活動に使っていきたいと語る。
「オンサイトでセミナーをしたり、ミーティングをしたり。セミナールームもありますし、会議室も気軽に使える。交通アクセスもいいですから、期待しているところです」
今後、暗号資産はますますの広がりが予想されている。プロフェッショナルサービスの出番は、さらに増えていくことになりそうだ。
※記事内容は緊急事態宣言前の取材時のものです。
取材・文:上阪 徹
編集:丸山 香奈枝
撮影:平山 諭
重川 隼飛氏
エンタープライズITの大手外資ベンダー、サイバーセキュリティの外資スタートアップベンダー、コンサルティング会社を経て、2020年にチェイナリシス入社。外資スタートアップならではの自由な雰囲気やグローバルな環境が入社の決め手となる。
Chainalysisはブロックチェーン分析を専門とする会社であり、世界をリードする銀行や暗号資産事業者、政府機関に対し、コンプライアンスや調査のソフトウェアを提供している。また、金融犯罪とブロックチェーン分析のエキスパートとしては、顧客が必要とするアクションを得られるよう知見のサポートを行っている。