※Position at time of interview
ブラウザ上の共同編集を可能にしたデザインプラットフォーム「Figma」が、日本の働き方に起こすイノベーション
「デザインを誰にとっても身近なものにする」をビジョンに掲げるブラウザ上で共同編集できるデザインプラットフォーム「Figma(フィグマ)」は、GoogleやMicrosoft、New York Timesなど名だたる企業で重宝されている。サービスを提供するFigma社は、2012年に米サンフランシスコで創業、2022年にはアジア初となる日本への進出を果たした。Figmaが多くのユーザーに愛される理由と、唯一無二の特徴や組織文化、日本進出の展開について、Figma Japan カントリーマネージャー 川延浩彰氏に聞いた。
アジャイル型のコラボレーションを可能にする「Figma」
一般的にはデザインツールだと思われているFigmaだが、サービスの本質的な価値は違うところにあると、川延氏は言う。
「よく勘違いされるのですが、Figmaはデザイナーだけに価値を提供するサービスではありません。私たちなりの言い方をすれば、ブラウザ上の『ビジュアル』を通じて、『コラボレイティブ』な仕事の進め方を可能にするプラットフォームです。例えば、プロダクトを作る際のアイデア出し、ワイヤーフレームの構築、プロトタイプの作成、コーディングなどすべてのプロセスを、Figma上で完結できます。デザイナーに限らず仕事に関わるすべての人が、デザインにアクセスできることを目指しているんです」
デザインの共同編集が可能なプロダクトは、Googleスライドなど他にも思いつく。ただ、Figmaが実現する「コラボレイティブ」な仕事の進め方とは、それらの一歩先を行く姿を思い描いているようだ。
「誰が何を考えていてどこで作業しているのかを、すぐに把握できるのがFigmaの特徴です。作業している箇所に、作業している人のカーソルが表示されます。また、『10秒程度で消えるチャット機能』がついていることもポイントです。画面上にチャットが残り続けるわずらわしさを解消して、会話に近いコミュニケーションを可能にしています。もちろん、直接話したほうがいい場合は、音声通話もできる。Web会議やチャットベースのコミュニケーション、すべてを完結できます」
仕事の進め方が変われば、プロダクトやサービスの質も高められるという。
「私たちは『本当にすごいモノは、一人では作れない』と考えています。さまざまな視点や意見を取り入れるからこそ、多くの人に愛されるものができると考えているんです。ただ、今までのウォーターフォール型の働き方では、あるチームの作業が終わってから、次のチームの作業に入るのが普通だったため、関わる人が多いと調整や合意形成に時間がかかっていました。そうした課題を解決して、アジャイル型のコラボレーションを可能にしたのがFigmaです。同じブラウザ上で共同作業ができるので、今までよりも圧倒的に速くモノを作ることができ、ユーザーやメンバーの声を受け入れながら改善を繰り返すこともできます。Figmaは『ストレスなくスピーディーに、本当にすごいモノをみんなで作る』ソリューションなんです」
Figmaを形作った5つのコアバリューと「Make」カルチャー
これまでにないコラボレーションを可能にするプロダクトを生み出した背景には、Figma社のユニークなカルチャーと、それを支える5つのコアバリューがある。
Figma社 5つのコアバリュー
・Build community:人と人がつながることで面白いことを生み出す
・Run with it:デザインの未来を作るために大きなチャレンジに挑む
・Love your craft:作り手のために本質的な課題を解決する
・Grow as you go:誰もが成長途上であり、互いを支え成長させ合う
・Play:遊び心のある自由な探求からすばらしいアイデアが生まれる
特に1つ目の「Build community」は、プロダクトだけではなく事業モデルにも反映されているようだ。
「FigmaはCLG(Community-Led Growth)のSaaSだと自負しています。ユーザーコミュニティからのフィードバックがプロダクトの質を高めるだけでなく、良さや価値を発信してくれることでサービスが広がっているんです」
また、3つ目の「Love your craft」、5つ目の「Play」から、モノづくりや作り手を大切にしようとする考えが伝わってくる。
「Figmaに入社すると最初に『あなたは何のMaker(作り手)ですか?』と問われ、発表する場があります。これはモノづくりを大切にしているカルチャーの表れです。Makeするものは仕事に関連する必要はなく、『音楽を作っている』でも構いません。それを発表し合うことで、お互いがMakerである認識を高めるんです。さらに、年に2回『Maker Week』という取り組みがあります。これは、日常業務とは異なるプロジェクトやアイデアを探求するための1週間です。エンジニアによるハッカソンと似ていますが、違いは全従業員参加型であること。普段、一緒に働くことのない同僚とつながり、楽しく自由に、事業成長につながるクリエイティブなアイデアを生み出す経験ができます」
アジア初の拠点、日本のマーケットに感じた「ポテンシャル」
そんなFigmaは、2022年3月に日本法人を設立した。本社があるアメリカ、ヨーロッパに次いで、アジアに進出する際、その最初の拠点として選んだのが日本だった。日本を選んだ理由は、その「ポテンシャル」だという。
「日本に拠点を置くことは一過性の判断ではなく、定量データ、実地調査、ユーザーインタビューなどを掛け合わせ、慎重に検討した結果です。進出の約2年前には経営幹部メンバーが来日して、滞在しながら、ユーザーやコミュニティのみなさんと話したり、イベントを開催したりもしました。そうした中で、元々テックに感度の高い方、いわゆる『イノベーター』の方や、『アーリーアダプター』の一部の方が、進出前にもかかわらず積極的に利用してくれていることが分かったんです」
そう語る川延氏は、意外にもFigmaと出会うまでその存在すら知らなかったという。
「実は、Figmaのことは最初は知らなかったんですが、調べれば調べるほど面白い会社だと思いました。製品は魅力的ですし、コミュニティがあって、ファンもいる。だけど日本ではまだゼロイチのフェーズで、できることが山ほどあります。チームを作ること、ローカライズすること、オフィスを設けること......。泥臭いことから全部やらせてもらえるので、アントレプレナーシップを発揮できる最高の機会だと思い、参画することにしました」
当時、Figmaが日本でグロースを実現するには「アーリーアダプター」と「アーリーマジョリティ」の間にある「キャズム」を超える必要があった。鍵を握ったのは「ローカライゼーション」だった。
「日本市場で発展していくためにはローカルサポート体制が不可欠です。日本進出前はプロダクトもサポートもすべて英語で、かつアメリカとつなぐために時差もありました。日本のお客さまにとっては不便な状態だったんです。プロダクトやチーム、サポート、リソースも、すべてローカライズさせることが重要な課題でした。そして、2022年7月に日本語版が発表されました。日本のみなさんにもポジティブに受け入れてもらえました。ありがたいことに、今はお客さまがFigmaについて積極的に情報発信してくれている状況です」
「東京HUB」を拠点に、新たなつながりを生み出したい
今後、ユーザー事例などを含め、 Figmaからの発信も増やすことで、日本での成長を続けていきたいという。そんな同社が、日本の拠点として三菱地所グループの施設「EGG」を選んだ理由は、求めるニーズに合致していたからだという。
「なによりもまず、丸の内という立地の良さ。それからプライバシーがきちんと守られている点が大きかったです。ガラスが二重構造になっていて、デザイン性もさることながら遮音性が高く、機密情報がきちんと守られると感じています。利便性が高く快適なレイアウトを社員たちも喜んでくれています」
現在、週に一度はメンバー全員が出社しているとのこと。そこにも、コラボレーションを大切にするFigmaならではのこだわりがある。
「リモートワークも可能ですが、木曜は全員出社するようにしています。これは対面でのコミュニケーションを大事にしているからです。Figmaでは、サンフランシスコハブ、ロンドンハブ、東京ハブのように、主要オフィスを『HUB(ハブ)』と呼んでいます。人が集まり交差する場所としてのオフィスの機能を重視しているんです。出社日には全員で一緒にランチをします。施設内の共有スペースに机を並べ、ランチ代は会社が負担。普段の仕事で関わりがない人とも、隣に座れば話すことができます。新たなつながりやアイデアが生まれる、大切な時間なんです」
Figmaが大切にしている“つながり”は内部に閉じたものだけではない。今後は、オフィスを活用して外部とのつながりも増やしたいという。
「Figmaが日本進出して、まだ1年。いろいろな人に支えられ、ここまでやってこれました。ここから先、より多くの人との接点を増やし、新しいことに挑戦していきたいです。この施設には先進的な企業が集まっていて、コミュニティの可能性に溢れている。三菱地所さんともコラボレーションして、新しい取り組みができたら面白いですね」
コミュニティの可能性を誰よりも信じ、日本でのさらなるグロースを目指すFigma社。同社の今後の動向から目が離せない。
取材・文:佐藤紹史
編集:岡徳之(Livit)
撮影:伊藤圭